ケ
ケイさん (8vf1m3ee)2023/10/4 11:45 (No.73966)削除ケイ→ツヴィ様
【三日月の精霊と秋鮭パイシチュー】
移動販売…屋台をやっていると、様々なお客さんと出会う。
あの日のお客はとびきり、幻想的な人だった。
秋風吹く峠を越えて、護衛の仲間たちに報酬を渡してなくなく別れた月夜。
青々しい草木の香りで風が鳴る。
初めての美しい街の外れの森に店を構えたその日は、まだ街に入って間もなく、有り合わせの食材しかなかった。そこで思うままに手を動かし、チーズを削りミルクをくるり、と鍋に入れて夜を見ていた。
そしたら、月光を纏って尋ねてきたんだ。
音もなく、重力さえ乗せず。
森羅万象を併せ持つ麗美さ、雪も恥じらう玉の白肌に、月光の中に生まれた真珠を集めたかのような長い絹髪。
女性…男性とも見えぬ、美しすぎるが故にもはや無性にも見える。細身でたおやかな柔らかさ、冬月の擬人化のような現実離れした幻想的な姿に、軽い笑みには軽薄さも乗せていて、人…にしては良くも悪くも異質だ。
真珠色の羽根がくたりと、地面を這う。
月を従えたような見た目。冷たいようで、何処までも慈愛のある彫刻の顔立ち、人間ならざる残酷な眼差しが、へな、と人間味を見せた。
『きみ、きみ。今から閉店の支度か?もしそうなら少し時間を伸ばして欲し──』
鈴も恥じて消えるような、金管楽器のようで奥深いヴァイオリンのような不思議な声が紡ぐ旋律。その音色にふと、空腹の叫び声が交じる。
ぐぅう、と主張の強い腹の音。
それから俺に情けないように肩を竦めて見せた長身の天使。
天使が腹を空かせている。
その事実と、飯屋という生業。
愛らしいと悶えながら、今から開けるところだと言えば良かった、と胸を撫で下ろして食事を楽しみにする彼…彼女?だろうか。まあどちらでも良いのかもしれないが。ここでは三日月の精霊としよう。精霊は長椅子に座り、俺の出す料理をうんまそうに頬張る。